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知行合一[ちこうごういつ] 知識と行為は一体であるということ



ちこう-ごういつ【知行合一】

hiden知行合一 意味
知識と行為は一体であるということ。本当の知は実践を伴わなければならないということ。▽王陽明が唱えた陽明学の学説。朱熹しゅきの先知後行説に対したもの。

知行合一 出典
『伝習録でんしゅうろく』上

知行合一 句例
◎知行合一説◎知行合一の姿勢◎知行合一を実践する

知行合一 用例
行わないのだから、知らないのも同じだ。何事でもすべて知行合一でなければいけない。<勝海舟・氷川清話>

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
知行合一
ちこうごういつ
Zhi-xing-he-yi

中国,明の王陽明が提唱した知識と行為に関する根本命題。朱子や陸象山らのいわゆる「知先行後」説に対するアンチテーゼ。たとえば「寒い」という知識が寒さの体験 (行) と不可分であるように,「知」はすべて「行」を通して成立する,もしくは「行」を通してしか「知」は成立しえないという論理。

世界大百科事典 第2版の解説
ちこうごういつ【知行合一 zh? xing he y?】

中国,明代の思想家,王守仁(陽明)の主張した実践論。王陽明は,人間を“現在”と理解する。つまり,人間が真に実在するのは“今”だけである。現実に存在する,すなわち現在するとは,分割不可能な一瞬の今にしか実在しないということである。知(認識)・行(実行)というも,朱子学以来の伝統的用法にのっとって,“現在”する人間の活動形態を仮にそのように分別し限定して表現しているにすぎない。知行を実践する主体の存在自体が分割不可能な時間の“今”にしか実在しないのだから,知・行という分相を主体(心という)に返して理解するなら,知・行の両者を先後軽重に分別することはできない。

中国・韓国が日本に絶対に追いつけない歴史的背景
JBpress 11月2日(月)6時15分配信

 科学や技術の観点から21世紀の国際社会を見渡してみると、世界の先進圏は圧倒的に欧米と白人社会に限定され、アジアやアフリカで明確に先進国と言える地域は極めて限られることが分かると思います。

 もっとはっきり言えば、日本は異常な突出の仕方で優秀です。

 日本の優秀さを考えるうえで、「中国や韓国を引き合いに出さなくてもいいだろう」というご意見をいただくことが少なくありません。私自身、一芸術家として文化外交にも関わりますし、中国や韓国の伝統に敬意や共感こそ感じても、嫌韓、嫌中といったことは全くありません。

 そのうえで、でも、日本は圧倒的に中国や韓国より勝っています。もっと言うなら、ひらがなやカタカナの起源を考えれば明らかなように、中華帝国を中心とする東アジア文化圏のファミリーの一員でありながら、日本だげがなぜか本当に突出している。

 その理由を冷静に分析してみること・・・ルーツが中国にありながら、中国本体はもとより韓国、朝鮮も西欧文明の正統な後継者とはいまだなり得ておらず、日本だけが先導的なリーダーとして国際社会を牽引している。

 この事実とその背景は、中国や韓国を貶めるということではなく、冷静に考えてみる価値があると思うのです。

■ 学問に対する取り組み方400年の違い

 日本と中韓と、何が違うのか? 

 学問が、違うのです。で、その違いは50年とか100年ではすまない。

 実はここ400年近くにわたって「学問」として認められてきたものの本質が、実は日本と中国・韓国とでは全く異なっている。

 この400年来、東アジアで「学問」と言えば、儒学に決まっているでしょう。同じ儒学を学んでいるはずなのに、なぜ中韓と日本と「全く異なっている」のか? 

 キーワードがあります。「知行合一」です。

 この言葉を遺したのは中国明代の儒学者、王陽明(1472-1529)、つまり「陽明学」と今日呼ばれる儒学を発展させたことが、日本の近代化を支えた根底にあるのです。

 逆に言えば、21世紀の今日も中国、台湾、北朝鮮、韓国など東アジア文化圏の他のメンバーは儒学的な発想を強く保持していますが、そこには「陽明学」の要素がない、あるいは非常に少ない。

 そこで強調されるのは封建学術の王道、明代の国家教学となった「朱子学」です。南宋の儒学者 朱熹(1130-1200)が整理した「文献学」(「訓詁学」)は早くに朝鮮半島に伝わりました。

 また中国本土でも明代に「国家の学」と定められ、中華大帝国は「科挙」というペーパーテストの一大システムを、この「朱子学」を柱に築き上げることに成功した。

 1300年代という早い時期にです。そして21世紀になっても、朱子学的な限界、つまり文書主義にとらわれて、目の前で起きるファクトをきちんと評価することができない場合が少なくない。

 つまりこの「朱子学/陽明学」の転倒こそが、日本の科学興隆の基礎を作り上げている可能性が高い。

 こうした根は100年、200年では到底改まるものではありません。中国や韓国は本当に解明化するのには数百年かかるのではないか、と正味で思うことが少なくないのは、こうした「学問の根っこ」を考えるからなのです。

■ 実験科学受け入れの土壌となった「陽明学」

 陽明学という言葉は、実は明治時代になってから日本で作られたものなのだそうです。それ以前、幕藩体制の江戸時代には「王学」という呼ばれ方をしていたらしい。

 まあ 王陽明が始めた学問ですから、王学でも陽明学でもどっちでもよさそうなものですが、日本で明治以降「陽明学者」あるいは「陽明学に深く影響を受けた」とされた人を、ちょっと並べて見ましょう。

 佐久間象山、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛・・・。

 なんだ、明治維新の立て役者の大半は、実は陽明学ということになるではないですか。まだまだ続きます。

 河合継ノ助、山田方谷、佐藤一斎、大塩平八郎・・・。

 山田方谷は佐久間象山と並んで吉田松陰を教えた陽明学者として知られ、佐久間象山、渡辺崋山、横井小楠らと並んで佐藤一斎に学びました。この佐藤一斎と並ぶ学者として知る人が知る存在だったのが大塩中斎、平八郎にほかなりません。

 大塩平八郎と言えば大阪で奉行所の与力でありながら、飢饉に苦しむ民衆の側に立って革命反乱を起こした人物として有名です・・・そう、陽明学は「革命」をサポートする学問だったわけです。

 こう考えるとよく分かるでしょう。

 明治維新も明らかに「革命」しかも下級武士、草莽の志士たちが現実を変えようと奔走し、幕府側も倒幕側も力を尽くし、新たな西洋からの武器などもふんだんに取り入れて鳥羽伏見の戦いなど、いずれも全力を出し切って四つに組み合って・・・。

 そうそう、そうなのです。西欧風に火器なども積極的に導入して、ファクトに基づいて現実を変えていこう、革命を起こして天の正道を実現しよう、という思想が陽明学です。

 この土壌に「蘭学」「英学」などを移植して、医学や兵学を「学問」として受け入れ、また「事実」が正しければ古くからの書物の記載を改めることにも全く躊躇しない。

 そういう陽明学の革命体質が「科学革命」をも受け入れ、さらには明治の若者たちを世界最先端の「科学革命」のリーダーにも押し上げていった。そういう背景を与えているのです。

■ 「ファクトを見よ!」

 あるとき、山田方谷を松陰・吉田寅次郎(1830-59)が訪ねたそうです。明治以降「松蔭神社」などもでき、神様のように祭り上げられがちな松蔭ですが、実は満29歳で亡くなっている。松蔭という人は生涯20代の若者だったんですね。

 当時「攘夷」に燃える青年だった松蔭が「黒船来航」について夢中になって喋っていると方谷は「・・・で、その船の底の深さはどれくらいか知っているのか?」と尋ねたそうです。

 さらに「日本国内のどこの港が、その深さの船を停泊させることができると思うか?」と尋ね、浮ついたイデオロギーで叫びまくる松蔭に「ファクトを見よ!」と教えたと言います。

 実際、黒船は浦賀沖に碇を下ろして停泊、小さなボートで接岸するしか、黒船からの来航者は日本に上陸することはできなかった。そういう現実を見よ、と陽明学の観点から方谷は松蔭に冷や水を浴びせかけた。

 西洋人嫌いだった松蔭・吉田寅次郎でしたが、佐久間象山に学んで西欧の進んだ文明、また特に進んだ武器を目にしてからは、何とかして海外に密航しようと企て、江戸で捕らえられて地元の長州に送り返されてしまいます。

 そこで始めたのが「松下村塾」の指導です。

 松蔭は1857年から松下村塾での指導を始めますが、先生の松蔭がそもそも27歳、集まった高杉、山県有朋、伊藤博文といったのちの明治の元勲たちはハイティーンのツッパリ集団でしかありませんでした。

 こういう連中に「西洋の進んだ科学的兵器も積極的に導入しつつ、天命を実現する」という、極めて特殊な形での古代と近代のアマルガムを提供したのが、陽明学だったわけです。

 この「天命」つまり「革命」の部分が、実は非常に大きかったのではないかと私は思うのです。と言うのは、ここが本家本元の中国や韓国では、かなりごっそりと欠落しているからにほかなりません。

■ 天は自ら助くる者を助く

 陽明学は「心即理」という考え方を大切にします。

 学問的にデリケートなことはすっ飛ばして、ここではこれを「過去の文献や権威に何が書いてあろうとも、私の心が観測したファクトであれば、それこそが天の理法である」という、近代実験科学を受け入れる「大和魂」のようなものを作る働きを担うことになっている、と考えることにしましょう。

 明治以降、日本は積極的に西欧科学を導入していきます。数理、物理、心理、生理、倫理・・・学問の大半に「理」という言葉が使われていますが、この「理」は陽明学の言う「心即理」と深く関係づけられて命名、というより訳語が作られた経緯があるようです。

 日本語で近代科学を書き直す仕事で大きな役割を果たしたグループに「明六社」があります。森有礼、福澤諭吉、西周、加藤弘之、西村茂樹、津田真道、中村正直といったメンバーはその後の日本の近代学術を支える礎石を作ります。

 例えば幕臣だった加藤は東京大学総理、大分中津藩出身の福澤は慶応義塾を作りますが、中津の領主奥平氏は三河以来の徳川の家臣で、いずれも新政府官界で出世しそうにない、旧幕府時代からの堂々たる有識層だったわけです。

 中村正直もまた幕臣の子でしたが、蘭学・英学と平行して佐藤一斎に陽明学を学び、明治維新前に英国留学、功利主義思想を輸入し、幕府の学問所教官時代から東京帝国大学教授としての後半生まで。一貫した学問思想を展開しています。

 中村が訳した「天は自ら助くるものを助く」は英国の医師サミュエル・スマイルズの著書「Self Help 自助論」からの訳ですが、原著の持つキリスト教的なニュアンス(Heaven helps those who help themselves)は中村の訳では完全に東アジアの倫理観、もっと言えば儒教的なニュアンスを持った「天」の道に置き換えられているのが分かるでしょう。

 そう、それくらい、日本人は西欧思想の根幹を、自分たちに肌合いが分かる言語と思想として150年前から肉体化してきている。

 で、他の東アジア諸国では、下手をするとそれが丸々、全部抜け落ちて存在していない。中国や韓国だけを取り上げて貶めるようなつもりは全くありません。でも、日本人が徹底して消化している、こうした国際性は、昨日、今日作られたものでは全くないのです。

 実はこの「陽明学こそは日本の近代を支え、世界のトップランナーに日本を踊りださせた原動力」という考え方は、刑法の團藤重光先生から徹底して強調されて学んだものでした。

 山田方谷と吉田松陰のやり取りなども團藤先生から伺ったもので、本(「反骨のコツ」)にも収録されていますが、実は文献で確認したわけではありません。

■ 山田方谷の教えを受けた團藤重光先生

 ただ、維新後の明治10年まで備中岡山で存命だった山田方谷を直接知る人たちから、大正2年に岡山で生まれた團藤先生は直接教えを受けておられます。

 そして、ご自身の主要な仕事、團藤先生は敗戦後、GHQと粘り強く交渉しながら新憲法下での刑事司法を全面的に書き換える大仕事をされましたが、それを支えたのは方谷以来の陽明学そのものでした。

 西欧の学術を接木の見よう見まねでやっていてもダメで、陽明学の本質、知行合一と自ら確かめたファクトがあれば革命もまた義なり、という確信があったからこそ、近代日本はこのように優れた、強い文化を作り上げてこられたのだ、と幾度も幾度も力説してこられました。

 私が團藤先生のお供をさせていただいたのは先生が90歳を超えての10年弱でしたが、軽井沢などで現役最高裁判事の方が挨拶に来られたりする時、「陽明学」と言うと「はいはいはいはい」といった(おやおや・・・さすがの團藤先生も耄碌したかな、というような目の色が明らかな)反応を幾度も目撃しました。

 中国も韓国も、古代に書かれた文字に縛られる伝統―権威追随の「朱子学」型の学術スタイルをいまだに引きずって、西洋由来の学問を本当に消化することができずにいる。それではダメだと思うのです。

 西洋由来の学問を自分自身の血肉にするうえでは、「天は自ら助くる人を助く」という言葉の持つ2つの意味、元来のキリスト教の文脈と 、それが日本社会に完全に消化される経緯の双方をしっかり比較しながら理解できなければならない。

 そうやって西洋文化をしっかり消化して自家薬籠中のものにしない限り、フランス革命前後にヨーロッパで開花した法思想を、日本の国民感情のもとで民主的に運用して、判例を積み重ねながら法思想を成熟させていくことなどできるわけがない。核のごとき主体的な知の力が必要不可欠なのに、今回の「裁判員」はM君あたりがまた・・・。

 といった具合で特にキリスト教会に1000余年の歴史を持つ「陪審員制度」と比べて非常に不徹底と批判しておられた「裁判員」制度の具体的な細部を批判されつつ、本当に最後まで團藤先生は強調しておられました。

 團藤先生は日本の刑法を書き直されましたが、ファクトに立脚して決然と「革命」も辞さないという反骨の思想と行動は。自然科学系のノーベル賞業績のすべてに求められる、基本的な最低条件でもあるのです。





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